yukkuritabiのブログ

ゆっくり旅する 日記と頭の整理と

証拠の無いものを全て陰謀論にしてしまう危うさ 証拠関係なくタレントを簡単に破壊するメディア

世の中には常人には理解できない思考や行動を起こすものが一定数いる。

 

それは実は世の中に不満をもった典型的なものだけではない。いわゆる上流階級の富裕層にも少なからずいるのである。

 

日本でも最近、上級国民というワードが流行り始めた。流行の理由は、現行犯逮捕されても中々有罪にならない事件が頻発していたからだ。

 

一部の政府関係者や権力を持つ資本家などに至っては、一般人と同じ事をしたとして同様の罪になる可能性は残念ながら低い。

 

簡単な例でいえば、罰金刑や示談に持ち込めるものである。あるいは確実に非があろうと、大量にお金をかけ裁判を何年も長引かせることも可能である。

加えて忖度である。

 

その忖度により、もし何か事件があったとしても大して大事にはならないことも多い。

 

とはいえ、日本で限定すると隠されている事を含めても、大して気分が酷く悪くなる様なものはそんなに無いんじゃないかと思う。

 

米国では長らく、少年少女が誘拐され、富裕層や著名人がしばしば訪れる島に監禁され奴隷として住まわされている。という陰謀論があった。

 

普通にあり得ない。日本人なら誰もが考える。まず奴隷を雇いたいという思考がない。少年少女を監禁したいとも普通の人は思わない。富裕層がそんな事をする筈がない、という偏見まである。

 

そこに罠がある。

現実は違った。もっと醜かったのである。

 

数多くの告発があり、首謀者は捕まり有罪になった。

長い間、噂が持ち上がったにも関わらず、陰謀という都合の良い言葉に置き換えられ、抑えられて来たのである。

 

もしもこんな事件を陰謀論などと事件に関与していた大物達が関わるメディアが、抑え付けていなければもっと早く解決したのは明らかである。

 

だからこそ証拠が無いからといって、陰謀論として思考停止してしまうのは危険なのである。

 

通常、事件でも何でもそうだが、疑いから捜査は始まる。疑いの段階で可能性を放棄させるというのは明らかにおかしいのである。

 

 

日本の対米関係にしてもそうである。明らかに不可解な事は数多くあるのに、一定数の人間は陰謀論だと決めつけて聞く耳すら持たない。

 

元々対等な関係でなどある訳でなく、お互いの協定について日本の独断で公表すらできないものも実際にある。陰謀論なんかでなく、事実国会答弁で認めてすらいるのだ。

 

全て政府やメディアが言う通りに、国民が鵜呑みにしていると状況の悪化は止まる訳がないのである。

 

国の転覆、クーデターが起こるのは実はCIAが裏で主導して、後の大臣まで奴らが決めている。とか陰謀論として語られたりもするが、実際には事実として証拠すらある。そんなことですら陰謀論扱いにされてしまう今の世の中である。